疑似死体をモチーフとした、masashi_furuka写真作品新シリーズ「No Reason」をご紹介します。

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Title Logo Design by Akio Fukunishi, words by masashi_furuka

  1. 作品案内
  2. 展示概要
  3. 作者による解説
    1. 疑似死体写真とは
    2. なぜ疑似死体写真なのか
    3. [個展前書きより] No Reason で伝えたいこと
    4. No Reason ドキュメンタリーではなくファンタジーである
    5. 2009年12月時点での計画
  4. 関連グッズ
  5. 関連ページ

(関連グッズにPhotobookと、DMを追加。今後、随時コンテンツを追加予定)

作品案内

『No Reason』
たぶん、生きることに、死ぬことに、理由なんていらない。

日本――年間3万人を超える自殺者、後を絶たない無差別大量殺人。
「生と死」が日常から隔離され、
メディア空間の中でのみリアルな輝きを放つようになってから、もうどれぐらい経ったのだろう。
この作品は、現在そしてこれから日本に生きる(死ぬ)わたしたちの日常に
再び「生と死」を取り戻す試みとその記録である。

-project description –
No reason
Probably, there is no reason we die or live.

In Japan, over 30,000 people die every year, and indiscriminate mass murder take place again.
I don’t know when we got lost sences for the reality of life and death. Only in the medias, it glitters now, why?

This project is the experiment and the records of them by ourselves to recover of the lost sences.

No Reason [013]-2
No Reason [013]-2

eternal white
No Reason [018]-1

eternal white
No Reason [018]-2

torn
No Reason [022]-1

escape

No Reason [025]-2

File01の作品の一部はこちらへ

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展示概要

「File02:死例013-025」

2010年5月7日(金)~12日(水)
12:00~20:00(展示最終日~17:00)
新宿眼科画廊 スペースO
〒160-0022 東京都新宿区新宿5-18-11
TEL: 03-5285-8822
URL:http://www.gankagarou.com/

「File 01: 死例 001-012」

2009年11月6日(金)~12日(木)
12:00~20:00(展示最終日~17:00)
新宿眼科画廊 スペースO
〒160-0022 東京都新宿区新宿5-18-11
TEL: 03-5285-8822
URL:http://www.gankagarou.com/

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作者による解説

1. 疑似死体写真とは

疑似死体写真と聞いてその語感だけで驚かれる方も多いことだろう。まず始めに「疑似」というからには医学的にいう「死体」ではない。擬似的に死体を演じる生きた人間を撮る「疑似死体写真」と、医学的に死に至った人間を撮影する「死体写真」は被写体の性質も撮影プロセスも異なることから、写真の種別として分類を異にすべきである。
写真史上でその歴史は古く、写真発明競争にわずかで敗れたイポリット・パヤール(仏)が、フランス化学・芸術アカデミーに対する抗議の意味を込めて、身投げして溺死した人体に扮装した自分自身を撮影して公表したのが最初と言われる。まだ写真が発明されたばかりの頃のフィルムの感度は相当悪く、長い露光時間を必要としたため、被写体はその間、静止することを余儀なくされた。絶望したバヤールが抗議したい気持ちを押し殺しカメラの前に立ち続けた心境はどのようなものだっただろうか。
その後、セルフ・ポートレートで有名なシンディ・シャーマン氏は「死することで女性は女性であることから解放されるか」をテーマとして疑似死体写真(これもセルフ・ポートレートだった)を撮ったし、ファッション・フォトグラファーとして有名な伊島薫氏は「死体のある風景」で、ファッション写真という枠組みにおいて女優性と商業主義と写真作品性を高度な次元で融合している。いずれも、「死」を通じて何らかのテーマを訴えかける写真であろうことに異論はないはずだ。しかしながら、身も蓋もない言い方をしてしまえば、すべての疑似死体写真のモデルは、撮影前も撮影後もみんな生きている。

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2. なぜ疑似死体写真なのか

ではなぜ撮影対象が死体ではなく、疑似死体なのか。
私においてこの理由は「死体を撮るのが困難なこと」「死体を撮影し発表するのが目的ではないこと」だ。身も蓋もない言い方になるが「疑似死体を撮ることは死体を撮ることよりも、自ら機会を作り出しやすいという点において、撮影が容易である」から疑似死体写真を撮ると言うことになる。その他にも、自分が望む撮影環境・撮影シーンを作り出しやすいという点においても疑似死体写真を選ぶに十分たる理由だろう。
そもそも比較対象となっている「死体写真」についても詳しく論じるべきだが、私が死体写真について論ずるほど十分に撮影体験や思考経験を持たないことから、あえて省略させていただくが、私は死体写真が医学的にも芸術的にも存在意義があると認識しており、その存在を肯定していることだけは書いておく。
さて、話を戻す。
私がなぜ(死体写真ではなく)疑似死体写真を撮るのか、についてだが、前段で述べている先人と変わるわけではなく、ご多分に漏れず「死」をテーマとして扱いたかったからだ。その理由は、「自殺願望がこれまで幾度となくあったにもかかわらず、いま生きている自分」や「非常に多くの人が自殺し、また無差別大量殺人が起こる現代日本社会」への問題意識と「疑似死体写真」が自分の中で結びついたからだ。
また、「日常と非日常」をテーマとして写真を撮る(むろん写真とはそういうものだが)中で、自分ならではの表現を追求しようとしたとき、「日常における非日常の極限」を撮りたいと思い至り、それと同時に、モチーフを「死」とすることがすぐに脳裏に浮かんだ。死をモチーフとすることは至極当然のことのように思えたし、そのことに驚きも何も感じなかった。

※死体写真の補足:
死体写真では、Joel-Peter Witkin氏作品があまりにも有名。その他カトリック圏内では写真発明からほどなく「postmoterm photography」という死者の肖像を記録として残す写真が大量につくられた。アメリカにおける19世紀半ばから20世紀初めのpostmoterm photographyをまとめた「SLEEPING BEAUTY : Memorial Photography in America」が貴重な記録となっている。近年日本では釣崎清隆氏が有名。
Joel-Peter Witkin in FINE ART PHOTOGRAPHY

http://www.masters-of-fine-art-photography.com/02/artphotogallery/photographers/joel_peter_witkin_01.html

SLEEPING BEAUTY 2

http://www.sleepingbeauty2.com/pages/images.html

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3. [個展前書きより] No Reason で伝えたいこと

現在日本では、毎年自殺者が3万人を越えており、また通り魔殺人や無差別大量殺人などが後を絶たないという社会。生死に関わる深刻な問題がある一方で、日常生活においてはこういった深刻な問題が、ある種の事なかれ主義や商業主義に比重を置いた情報伝達によって覆い隠されているかのように感じられたことはないでしょうか。
サイクリングやジョギングなどの健康ブームやロハス・エコなどやさしさ志向を声高に訴える一方で、日本に住むわたしたちの精神の健康にはなぜかバイアスがかかったようにやさしさに欠けた情報が溢れています。まるで何かに呪われているかのように。

この作品では、モデルの方々(自殺未遂経験、リストカット経験、鬱病発症、薬物依存などさまざま。精神疾患を持たない方も多い)に対して疑似死体体験を通じてあらためて自分の生死について俯瞰する機会を提供しています。モデルになっていただいた方から「すっきりした」「楽しかった」「また撮ってほしい」というポジティブな意見をいただくこともあり、この事実は私にこの作品制作を続ける大きな動機を与えてくれています。

またWEBなどで作品を見て興味を持っていただける方も多く、その大半が「生と死」について敏感に反応し、自らの「生と死」についても世相を反映した現代的な感覚を持っている方が多いと実感しています。その感覚は、おそらく私が高校生だった20年前には実感し得なかった感覚。それらを空気で感じとれる間は、今後も作品を撮り続けて、展示していきたいと考えています。

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4. No Reason ドキュメンタリーではなくファンタジーである

この作品はドキュメンタリーではなく、現実に限りなく近い現代日本における問題を織り込んだファンタジーです。

リアルやリアリティという言葉は、現在の写真を批評する基準としてあまり意味をなさないと思っている自分にとって(私が、生きることも死ぬこともリアルに感じられないと言い続けていることも理由になっている)、現代日本のさまざまな問題を題材にしたファンタジーという位置付けがしっくりくるのです。

ファンタジーを支えるリアリティは必要ですが、それがどれだけリアルかは本作品を観賞するうえではあまり意味をなさないことでしょう。(特殊メイクを多用していないのはリアルを追究していないがゆえ)

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5. 2009年12月時点での計画

2009年12月時点での計画です。

  • 100組を3年以内に撮影する
  • 老若男女をモデルにして、孤独死や幼児虐待などの社会問題を含んだ写真も撮影する
  • ファンタジー色の濃いものも薄いものも撮影する

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関連グッズ

Photobook

写真集「No Reason」(文庫サイズ)が新宿眼科画廊さんで販売中です。
通信販売も行っております(★通信販売はこちらから

仕様:A6(文庫版)36P 中綴じ フルカラー 表紙カバー付
価格:950円 (税込)

Flyer

My next photo exhibitions' flyer

DM「File 02: 死例 013-025」

My next photo exhibitions' flyer

DM「File 01: 死例 001-012」

関連ページ

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